[う-001]
ヴィヴィアン・ウエストウッド
vivienne westwood
 イギリス・ファッション界に君臨するデザイナー。パンクの女王、という冠が過去のものになるくらいの現役ぶり。92年には大英帝国勲章を受章した。18〜19世紀の書物、絵画からインスピレーションを得る彼女のクラシックな服作りはつとに有名である。ミニマルな服は嫌い、テレビは時間のムダ、映画でさえも創造力の邪魔だと言い切る、相変わらずの毒舌メッセージは今やサービスか?
 日本でのヴィヴィアンのスタンスは面白い。パンク時代から心酔してきた洋服フリークも健在のかたわら、クチュール・ブランドさえリアルクローズ化、ユニセックス化している現在、皮肉にもヴィヴィアンの服は、いわゆる「コンサバティブ」の駆け込み寺としての意味も持っている。彼女らにとっては、ヴィヴィアンが何の女王でも関係ない。ヴィヴィアンの服は今やどこでも探せない「きちんとして」「女性美を強調できる」服なのである。ドラマ『総理と呼ばないで』で田村正和扮する総理大臣の妻・鈴木保奈美のほとんどの衣装がヴィヴィアンだったことからもわかる。ここではヴィヴィアンの服は「どこに出ても恥ずかしくない立場の女性を豪華に飾る」という役割を持っていた。もちろんヴィヴィアンはその着こなしも歓迎することだろう。ヴィヴィアンは美しい女性が大好きなのだ、例えばジェリー・ホールのような(!)。服に限らず人気というのは、創り手の思惑であろうがなかろうが、それがあっちこっちに飛び火して多面的な意味をもってしまった時に開花する。そしてあの「オーブ」マーク。マーク、ロゴ好きな日本人にとってこれも大事な要素。
 かくしてヴィヴィアンの地位は日本では確固たるものだが、輪をかけて最近のライセンス契約はなんだ? メガネ、傘、タオル、時計……、中でも時計はヴィヴィアンはそれまで身に着けたことがないというじゃないの。日比谷のヴィヴィアンのブティックはイギリスを除けば最大規模だそうだ。つくづく日本のヴィヴィアン好きがうかがえる。
WEB Defiles: Vivienne Westwood
http://www.elle.co.jp/defiles/defiles/19defilesjap.html
WEB Vivienne Westwood
http://modit.iol.it/stilisti/westwood/default.htm


[う-002]
ヴィジョネア
visionaire
 世界中で2500部限定のファッション&アートマガジン。編集長は元『DETAIL』誌編集者のフィリピン人スティーブン・ガン。91年から発行の『VISIONAIRE』も今年20号を越えた。部数の少なさ、毎号違うテーマと仕様は「さあコレクションしてください」と言わんばかりの戦略である。最近話題になったものでは、表紙がルイ・ヴィトンの革になった、というよりルイ・ヴィトンのセカンドバッグ(本物)に本が入った号、ブリスクリプティヴのマスカラ、口紅、リップグロス(本物)が付いたビューティー号など。これらは常に凄い競争率の中あっさりと売り切れてしまう。なかでも20号の「コム・デ・ギャルソン」特大号は予想通りの入手困難ぶり。いろんな写真家の撮ったギャルソンや実物の型紙が入ってた、らしいんだけど持ってないのでわかりません。最近の号ではマドンナが『エビータ』で着た衣装(本物)が細かく裁断されて入っているそう。『ISIONAIRE』編集者の一人に元モデル、セシリア・ディーンがいる。セシリアは10年程前には日本でも超人気のモデルだったのだ。現在、今度はキャリア・ビューティとして、アヴェドンの撮る資生堂プラウディアの広告に登場している。余談だがプラウディアのCM、今井美樹、チャイナ・チャウ(エイズ死モデル、ティナ・ラッツの娘)まではわかるとして、松本孝美っていうのは随分な出世である。
WEB 


[う-003]
ヴィンテージ・クロージング
vintage clothing
 アメリカで作られた50年代〜60年代のカジュアルウェアで、30年以上経って発掘された古着。人が着古した服なのに何故か当時の値段よりもン十倍もする。80年代の終りごろから人と違った服を着たい渋カジ少年たちの間で人気となり、その後全国に広まる。当初はジーンズだけだったが、その後スニーカー、軍もの、スウェットシャツ、ハワイアンシャツ、など広がりを見せている。雑誌『BOON』の影響力が強く、ダウンタウンの浜チャンやSMAPのメンバーにもファンは多い。とにかく日本人バイヤーの発掘力は凄まじく、もはや全米の古着はすべて日本にあると言っても過言ではない。アメリカの田舎町でも日本人の古着バイヤー相手に「501あります」と日本語で書かれた看板を見かけるほど。
WEB 


[う-004]
wet&messy
wet&messy
 濡れフェチ、汚れフェチ。最近では略してWAM(ワム)ということが多く、こういった趣味を持つ人々のことはWamerと呼ばれる。大きくは実践派と観賞派に分かれるが、もちろん両方を兼ねる人が多いのはいうまでもないだろう。Wetとは、必ず服を着たまま水に濡れること。たとえば、雨に濡れたり、プールなどの水に浸かったりすることをいう。一方Messyの場合は、何で汚すかによってその趣向が分かれる。愛好者が多いのは泥だが、「フード系」と呼ばれる生クリーム、マヨネーズなどの食べ物で汚すことをこよなく愛する人々もいる。また「ペイント系」と呼ばれる、ペンキや絵の具などで汚したり、金粉などを肌に塗りつけたりする系統もある。
 フェチの一ジャンルとしてWAMが確立したのは80年代のイギリス。『SPLOSH』という専門誌の出現で、その存在が広く知られることになった。ただし、その性癖や趣向は、原始の時代から人類が所有していたのではないかと思われる。現在では祭などの形で残っているケースが多く、とくに古くから稲作が行われている日本においては、無病息災や豊穣を祈願して泥にまみれる「泥んこ祭」などがある。日本では、95年あたりから輸入物のビデオを販売する専門ショップができたことがWAMの実質的な始まりで、その後ビデオレーベルが設立されたり、インターネットのホームぺージが作られたりしてはいるが、まだなかなか一般には認知されていない。
WEB パイ投げ倶楽部
http://www.asahi-net.or.jp/~DB6T-MSD/index.html


[う-005]
ウォレスとグルミット、危機一髪!
wallace & gromit a close shave
 サンダーバードの国、イギリスが生んだ抜群の娯楽性と完成度を持つクレイ(粘土)アニメーション。チーズと紅茶を愛するマイペースな発明家のウォレスと、愛犬というよりはパートナーという言い方がふさわしい読書と編み物が好きなグルミットの二人が登場する『ウォレスとグルミット』シリーズ3作目。監督ニック・パークは、学生時代から6年もの歳月を費やし完成させた第1作『チーズ・ホリデー』でカメラワークやライティングなど、シリーズの基本となる部分を確立。その後クレイアニメプロダクション「アードマンアニメーションズ」に参加、謎のペンギンとのサスペンスやラストシーンで家中を激走するおもちゃの汽車の追跡シーケンスが圧巻のシリーズ第2作『ペンギンに気をつけろ!』を製作。本作は倍増した予算を活かし、恋愛あり、謀略あり、空中戦ありとアイディアをふんだんに盛り込み、従来のクレイアニメの守備範囲を大きく超えた作品に仕上げている。どうしてもアーティスティックな趣向に傾きがちで鑑賞者を選別していたクレイアニメを、ニック・パークはカートゥーン的手法とユーモラスなキャラクターでコーティングし、ポピュラリティの獲得に成功、三度のオスカーに輝いている。国内においては『ピングー』に続く作品として期待され、ビッグヒットとは至らずも、若者を中心に徐々にその人気は広がっている。日本での公開は97年8月。
WEB Aardman animations
http://www.aardman.com/


[う-006]
ウータン・クラン
wu-tang clan
 93年のファースト・アルバム『Enter The Wu-Tang(The 36 Chambers)』(邦題:燃えよウータン)でその名を知らしめた、NYはスタッテン島から登場した武道派ヒップ・ホップ・チーム。老舗トミーボーイよりデビューするも、泣かず飛ばずでリストラされたプリンス・ラキーム(RZA)が一念発起し、メソッドマン、オール・ダーティ・バスタード、ジニアス/GZA、レイクォン、ゴーストフェイス・キラー、U-ゴッドと共に92年に結成(RZAは同じくクビ組のプリンス・ポールらとグレイヴディガズとしてアルバムを1枚残している)。自身のWu-Tang Recordsよりリリースしたシングルがアンダーグラウンド・ヒットとなり、メジャーLOUDとの契約にこぎつける。武道/カンフーからインスパイアされた男気溢れるダークでフリーキーなハードコア・サウンドと、複数のラッパーによる鬼気迫るラッピン。各ラッパーのキャラもコミックのように明快で、グループとしてのブレイク後はソロ作を連発し、O.D.B.がマライア・キャリーとメソッドマンがメアリー・J・ブライジと共演するなど課外活動でも成功を収めている。最新作『Wu-Tang Forever』よりカパドンナ、ストリート・ライフ、マスマティクスが新たに加わり、ファースト・アルバムに参加していたマスタキラー、インスペクター・デックらを含めたクラン全員(実際には総勢300人ものファミリーであるらしい)で2度目の来日を果たしたばかり。ファッション・ブランドWu-Wearを設立、最新作をエンハンスドCD仕様(当初は格闘ゲームとなるはずだった)とするなどサウンド面だけでなくビジネス面のプロデュース能力にも長けたRZA。彼の異様なまでのパワーの源が、今もトミーボーイ時代に味わった屈辱なのだとしたら……!
WEB WU-TANG CLAN
http://www.wu-tang.com/


[う-007]
宇宙家族
うちゅうかぞく
 大阪市北区にある名物定食屋。店主は宇宙人(自称)。ごく庶民的な天五中崎通商店街にひときわ異彩オーラを放つ外観の店がある。アダムスキー型円盤を模したテントに「宇宙家族」の文字。入口には「下町のメシヤ」とある。どうやらメシア(救世主)と飯屋をかけてあるらしい。店内にはUFOを型どった紙がはり巡らされており、それぞれに「恋にならない恋はない」「花を持った手で女をぶってはならない。花が傷むから」など地球人には高尚過ぎるメッセージが書き込まれてある。店の奥には「宇宙大学」「キャプテンかぐや姫」「宝船99号」といったコクピット(別室)があり、こちらは聖域につき禁煙。メニューは焼きメシと焼きソバをフライパンであわせた「ヤカマシイ」、豚肉野菜ケチャップ焼きをご飯に乗せた「キス・オブ・ファイアー」など宇宙食が豊富。またタンポポのコーヒー、木の実と松の実の雑炊「仙人雑炊」など自然食も充実している。ちなみに実際に仙人がこの店を訪れ、杖を忘れて帰ったこともあるそうだ。
 真星(マスター)の福田泰昌さんは大阪・八尾市のジャスコに10年勤めた後、朝霧高原のそばにあるという宇宙大学で宇宙哲学を学ぶ。ここで自分が金星人であることを知り、大阪に戻り宇宙家族を開店。お茶は壬生流、お花は裏千家をたしなみ(地球とは逆)俳句を詠む。代表作は、「夜になるとうらめしや イライラして焼きメシや」「太古より心音つづく潮騒の手のひらくらげ」など奥が深い。また予知能力もあり「私の誕生日が祝日になる」と予言している。オカルトファン、精神世界に興味ある者にはコタエラレヌ店だろう。福田さんには著書に『金星へのパスポート 下町のメシヤ』がある。
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[う-008]
裏原宿
うらはらじゅく
 ラフォーレ原宿から明治通りを越した先にある半径1キロくらいのストリート・ファッション系人気ブランドのショップが軒を並べる地区。スニーカーショップやヴィンテージショップもかなり集中し、お洒落な高校生にとって修学旅行のメインスポットにもなっている。中心になるショップはノーウェア、アンダーカバー、ハイド&シーク、フェイマスといったところ。この地域に特徴的なのは各ショップのオーナー(雑誌には「ディレクター」という肩書きで登場したりするのだが)、店員同士がみな「友達」というところだろう。彼らにとって隣に位置するショップは競争相手ではなく、ファッションを共通コードにしたある種のコミューンをともに築いている「同志」なのである。そして、このコミューンのグルはやはり藤原ヒロシということになるのだろう。
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[う-009]
ウルトラマンティガ
うるとらまんてぃが
 円谷プロダクションが16年ぶりに製作し、96年9月から1年にわたって毎日放送・TBS系で放映された30分のテレビ特撮番組。ウルトラマンシリーズは、80年の『ウルトラマン80』以来国内で製作されたことはなく、オーストラリアで作った「グレート」、ハリウッドの方で作った「パワード」などはそれなりの魅力を生み出したが、やはり特撮の神様・円谷英二が育てた円谷プロのスタッフたちによる新作を、ファンは待望していた。傑作『ウルトラマン』(66年)の特殊技術を手掛けた高野宏一が監修、監督だった満田が企画としてトップに立ち、ウルトラ世代と呼ばれる30代のスタッフが大幅に参加し製作がスタート。放映当初はCGの導入による技術陣の戸惑いがあり、ピアノ線が丸見えのかなりちぐはぐな初回にウルトラ第一・第二世代は失望したという声が多かった。
 だが徐々に軌道に乗ってからは、過去のシリーズでは決してできなかった画面展開が新鮮な魅力となり、初めてウルトラマンを見る幼児たちに絶大な人気を誇るようになる。主演のダイゴ隊員はV6の長野博が演じ、女子のファン層の獲得ももくろんだ。だが、そのためのタイアップのウルトラ世界とはいえないV6の主題歌が採用されたり、合議制の脚本成立の過程がかつての実相寺監督の世界のような逸脱した作品を生み出せない弊害もある。しかしそれらを越えて放映されたこのティガこそ、今という時代を象徴したウルトラマンであることは間違いない事実である。
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