[か-001]
ガイナックス
gainax
 アニメ・コミックから文芸・思想に至るまで、あらゆるサブカルチャー・シーンを席巻した大ヒットアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』を生み出した、アニメーション制作会社。『DAICON IIIオープニング・アニメ』『八岐之大蛇の逆襲』などで注目を集めた自主映画サークル“ダイコンフィルム”を母体に、劇場用長編アニメ『王立宇宙軍』の制作を目的として、84年12月に設立された。87年3月に公開された同作は、高い評価とは裏腹に興行的に伸び悩んで多大の赤字を抱えてしまったため、当初は『王立』完成と同時に解散する予定だったガイナックスは、その後もオリジナル・ビデオアニメ『トップをねらえ!』、テレビ『ふしぎの海のナディア』と、活動を続けていく。だが、アマチュア時代同様の妥協を許さぬ制作姿勢は、与えられた予算以上の手間暇を費やす結果を招いた。そのためかろうじて『プリンセスメーカー』などのコンピュータ・ゲームのヒットによって、持ちこたえていたといわれる。『ナディア』の終了後には、代表取締役であった岡田斗司夫をはじめ、創立時からのメンバーの多くが独立していった。このような状況下で生み出されたのが、『新世紀エヴァンゲリオン』なのである。
 ガイナックスを語る上でもっとも重要なのは、そのスタッフたちがアニメファン出身であることを、自らのアイデンティティとしている点だ。ガイナックスのクリエイターたちは、自分たちがかつてファンとして愛好した過去のアニメ・特撮作品のイメージを、巧みにリミックスして独自の表現へと作り替える。その手法は、ちょうどガイナックスと同時期に誕生したラップやクラブ・ミュージックに見られるサンプリングのテクニックと、極めて酷似している。ファンとしての視点から、ひとつのジャンルの歴史を鳥瞰してしまった以上、彼らにとって、もはや完全な意味でのオリジナルを謳うことは不可能に近いのではないか。そのことを自覚した上で、あえて作品上で“オリジナル”の意味を問うガイナックスの姿勢は、それゆえ受け手であるアニメファンから、賛否両極端の反応を受けているのだ。
WEB GAINAX NETWORK SYSTEMS
http://www.gainax.co.jp/


[か-002]
快楽亭ブラック
かいらくていぶらっく
 立川談志門下の落語家で、元・立川平成であり、立川マーガレットであり、立川レフチェンコであり、と、襲名した名前の最多記録も持っている。1年365本以上の映画を見続けて10年という、“日本一の日本映画ファン”。「観ていない日本映画が存在することがくやしい」と言い、時にインタビューなどを受け、「どんな映画をよくごらんになるんですか?」というアマい質問に「全部です」と答えていたりする。  現在『TV・Taro』誌上で「映画地獄平成放浪噺」なる連載を持っているが、これは現存する「映画コラム」すべての中のベスト3に入る面白さである。人間、これだけ超人的に映画ばかり観ていると、少なくともマニアックだったりわざとつまらない映画を持ちあげたりしてそうなものだが、文章のひとつひとつが、とてつもなくまっとうなのだ。
 神戸の小学生殺害事件を嘆きつつ、稲垣浩監督の『手をつなぐ子等』を紹介したりと、今他に誰もやらない、できない「映画愛のストレートな吐露」である。また、問題の『シベリア超特急』を、「ねらい」でなく他の映画と同様に観に行き、そのつまらなさを真剣に書いたのは日本でブラック氏ただ一人であろう。こういう人がいないと駄目なのだ。
WEB 立川談志中毒症状
http://www.vinet.or.jp/~open/danshi/danshimenu.html


[か-003]
カウンセリング
counseling
 精神的・心理的問題について援助を必要とする人に対して、心理学を基礎として人間を理解し、援助を行う仕事。日本では少し前まで、カウンセラーは垣根の高い存在だった。神経科の医院に行くことで、精神病者への偏見をわが身に蒙ることになるのではないかとの恐れを抱かせたからであり、また困ったことがあったときには、むしろ占い師や拝み屋といった人々に相談することが多かったためである。しかし最近では、カウンセリングがブームでさえある。カウンセリングへの理解が進み、さらには、人々の悩みがカウンセリング向きになったからでもあろう。以前なら家族内で解決できた問題も、今では外に相談者を必要とするようになった。
 また、あるべき理想を描くことの難しい時代にあって、“生きにくさ”を覚える人が、その異和感の理由を知ろうとするとき手に取る本は、心理学関係が多い。そこには、思いあたることがたくさん書いてある。以前なら諦めるか自分で切り拓くしかなかっただろう、そんな漠然とした“生きにくさ”も、今では病理として認知される。そして、“本当の自分”を探して、カウンセラーの元を訪ねる。アダルト・チルドレンという言葉の流行は、それに拍車をかけた。アダルト・チルドレンとされる心性は、日本人のほとんどが思いあたるものだからである。よし悪しは別として、日本文化の特質であったことまでが、病理とされてしまったのだ。それが説得力を持って受け容れられるのは、日本の文化規範が変質してしまったからである。カウンセラーの需要は、否応なくさらに増えるだろう。
WEB 


[か-004]
カウンセリングサロン
counseling salon
 美人の女性カウンセラーが個室で男性と向かい合って話に付き合う「会話だけの風俗」。93年に東京・南青山に「表参道アカデミー」という店がオープンした。基本料金は30分1万2000円(延長10分ごとに3000円追加)。一見すると、フツーのカウンセリングサロンの現場と錯覚しがちだが、10名在籍する従業員は全員女性で、秘書風のスーツを着た美人ばかり(店側は「カウンセリングレディ」と呼んでいる)。テーブルをはさんだ椅子に対座して話をするが、頼めば隣に座ってくれたり、エッチな話にも付き合ってくれるものの、性的サービスは一切しない。客筋は仕事や家庭でストレスをためてやすらぎを求めている30代以上の会社員がほとんどで、平均会話時間は1〜2時間の大繁盛。この店が性的サービスなしでも風俗店として成立したのは、素人が大量にあふれ出したためにコミュニケーションの面での教育が行き届かなくなった射精産業に対する“癒しへの揺り戻し現象”といえる。だが、カウンセラーの資格があるわけではなく、それ相応の教育がスタッフに施されていたかも定かではない。よって、イメクラのように一気に全国区に躍り出るような人気は得られないでいるが、着眼点としては的を射ており、今後のやりようによっては風俗の未来を先取りしたものに洗練される可能性が感じられる。
WEB 


[か-005]
覚醒剤
かくせいざい
 コカインと並ぶ、アッパー(興奮剤)の2大スタッフのうちの一つ。未だに暴力団の資金源の筆頭となっており、覚せい剤取締法によって厳重に規制されているこの物質は、世界で初めて麻黄からエフェドリンの抽出に成功した東大の長井長義博士が、1893年にエフェドリンに手を加えて合成したもの。正式な化学名をメタンフェタミンという。覚醒剤にはもう一つ、アンフェタミンというのも存在するが、これは33年、アメリカで合成されたもので、効きは“メタ=超”が付くだけあって(?)、メタンフェタミンの方が断然いい。
 主な使用法としては、コカインよろしくスノーパウダーにしたものをストローなどで鼻孔吸入するスニッフィング、アルミホイルに載せたり、グラスパイプの中に入れたりしたブツを加熱、立ちのぼる煙を太巻きのストロー(葉書や紙幣で作る)で口や鼻から吸うチェイシング・ザ・ドラゴン(日本では普通、炙り、バーベキューと呼ばれる)、さらに、注射器(シャキ/ポンプ)を用いての静脈注射の3パターンがあるが、広く行われているのは注射疵の残る心配も、鼻孔粘膜が溶ける心配もない二つ目の方法、加熱吸煙である。この方法を用いた場合、効きは十数秒後に表れる。目が冴え、全身の疲労感が払拭され、意気揚々としたアクティヴな精神状態がもたらされる。アンナカ(安息香酸ナトリウム)やエンプロ(塩酸プロカイン)を「アジツケ」と称し混ぜ込んだ覚醒剤だと性欲増強効果がとくに高い。量にもよるが、初回で0.3〜0.4グラムもの量を突っ込んだ場合、丸2、3日、効きが続く。しかし、とても耐性ができやすいドラッグなので、使用間隔(作用時間)はあれよという間に短くなっていき、使用量も見るみるうちに激増していく。そうして、「食べれない、寝れない」という状態が何日も続き(5日が限界)、心身に変調をきたしていくわけである。ダウナー(アルコール、ヘロイン、眠剤)を除き、これまたマリファナと同じく、全てのドラッグの効きを底上げする働きがある。97年9月現在の末端価格は、1グラム1万〜3万円。ストリートネームは、スピード、S、速いの、速いやつ。氷砂糖のような白濁透明の結晶が小さなビニール袋(パケ/近年ジッパー付き多し)に入れられ、密売されている。
WEB Stimulant(覚醒剤)
http://www.nucba.ac.jp/seminar/yamaguchi/9440886/d05.htm
WEB 麻薬
http://home.interlink.or.jp/~toshisut/mayaku.html


[か-006]
笠井爾示(1970年生)
かさい・ちかし
 ドキュメンタリー的なアプローチでプライベートな人間関係を拡大させた被写体のサークルをとらえること、ブレ味を生かした奔放なスナップショットといった特徴を持つため、90年代以降に登場した「ニューエイジフォトグラファー」の代表格とみられる。しかし写真家としての姿勢は、60年代〜70年代の写真界をリードした森山大道に通じるところが多々ある。事実、笠井の森山へのリスペクトは、専門紙などを通じ写真プロパーには知れたところである。10代の多くの時間をドイツのシュツットガルトで過ごす。帰国後、東京という異空間と自己、他者との関係を軸に写真を撮る。都市に生きるアウトサイダーに常に眼差しを向ける写真家である。その真摯な作品は、彼の仕事の偉大な先輩にあたるナン・ゴールディンにも高く評価されている。また、直感力と身体感覚を写真に積極的に取り込んでいこうとする姿勢は、舞踏の創始者の一人である父・笠井叡の影響が大きいだろう。シュタイナー学校で教育を受けていることも印象に残る。写真集に『TOKYO DANCE』(新潮社)、笠井叡とのコラボレーション『ダンス・ドゥープル』(河出書房新社)。また、『21世紀プリンツ』誌に日記「笠井爾示のポップライフ」を連載中。
WEB 


[か-007]
ガサ入れ!
がさいれ
 テレビ朝日の深夜枠にて、97年9月まで1年半に渡って放送された「あなあきロンドンブーツ」の超人気コーナー。吉本興業がポスト・ナインティナインと位置づける若手芸人ロンドンブーツ1号2号の淳と亮が、彼氏からの浮気調査依頼の命を受け、彼女の自宅を「ガサ入れ」。浮気していないかどうかを徹底的に調べ尽くし、バラエティの「自宅侵入モノ」のある種究極のカタチを創りあげた。どう見ても普通のハイティーンの女の子達が、ロンブーの誘導尋問に次々と陥落し、手帳の「今日エッチしちゃった」」を暴かれて彼氏の他に二股、三股かけていたのが毎週のように発覚していく様は、世のうら若き男性を女性不信にするのに充分すぎるインパクトがあった。番組自体が23時台に枠移動するのに伴い、一時封印される運びとなった「ガサ入れ」。世に「ガサ入れ」のタネは尽きまじ。復活を祈る。
WEB ANAKY-RONBU.html
http://morita.am.kagu.sut.ac.jp/~hagi/ANAKY-RONBU.html


[か-008]
ガシャポン
がしゃぽん
 カプセル式おもちゃ自動販売機の名称。いわゆる、ガチャガチャ、ガシャガシャなど。このガシャポンはバンダイの商品名。これまでは、キン肉マンやスーパーカー消しゴム(消えない)、またヒット商品を真似たパチもんをゲットするマシーンとして機能していたガシャポン。これが一気に注目を集めるようになったのは、フルカラーフィギュア「HGシリーズ」の登場だった。ウルトラマン、ゴジラといったキャラクターを数センチの完全彩色で見事に再現。このシリーズの造形は、ある有名な原型師によるものとの噂があるが、完成度の高さを見ればこの話にも充分うなずける。子供の専売特許であったガシャポンを、クオリティの高さと心憎いラインナップで大人を魅了させるという、バンダイの戦略に、まんまとハマるのは当然の結果だろう。なにしろケムール人までリリースなのである。1回200円。1シリーズ約5種類。全種類をコンプリートで手に入れるには、200円×種類ではすまされないのは、ガシャポンのさだめ。このバクチ性の高さに、大人が小銭を積み上げてガシャガシャやる光景も珍しくなくなった。HGシリーズにはコレクターも多く、基本的には期間限定商品のため、過去の作品にはプレミアがつくまでになっている。前述以外にもガメラ、エヴァンゲリオン、ガンダム、仮面ライダー、マジンガーZなどがリリース。そのいずれもいちいち涙が出る出来のよさだ。この他にもポケモンやアンパンマンなどのフルカラーものも相当に熱い。やってくれるぜ、バンダイ。困った話だ(泣)。
WEB バンダイタウン
http://www.bandai.co.jp/


[か-009]
梶原一騎
かじわらいっき
 梶原一騎は36年、東京・浅草生まれ。マンガ原作者。「劇画原作者」と言ったほうがよりぴったりくるだろうか。本名・高森朝樹。壊死性劇症膵臓炎を患い、87年1月21日逝去。読者への影響力の面では手塚治虫と上回るかもしれない、戦後マンガの巨人である。
 53年、『勝利のかげに』が『少年画報』誌の懸賞小説に入選しデビュー。読み物作家を経て原作者となる。作品に『ノックアウトQ』(画・吉田竜夫)、『巨人の星』(川崎のぼる)、『夕やけ番長』(荘司としお)、『虹をよぶ拳』(つのだじろう)、『タイガーマスク』(辻なおき)、『柔道一直線』(永島慎二、のち斉藤ゆずる)、『あしたのジョー』(ちばてつや)、『侍ジャイアンツ』(井上コオ)、『愛と誠』(ながやす巧)、『空手バカ一代』(つのだじろう、のち影丸譲也)、『柔道讃歌』(貝塚ひろし)、『カラテ地獄変』(中城健)『プロレススーパースター列伝』(原田久仁信)など、組んだマンガ家は数知れず、代表作と見なされるものだけでも十指では足りない。
 闘病生活の後、文学への思い断ち難く小説家への転身を図った梶原は、“梶原一騎「引退」記念作品”と銘打った『男の星座』(画・原田久仁信)を85年、『週刊漫画ゴラク』に連載。力道山や大山倍達が実名で登場するなか、自身を「梶一太」と名付け(照れがあったのだろう)、その青春遍歴ドラマを描こうとした。作品冒頭には「(前略)無論、すばらしき多くの無名の男たちも、否いろいろ世間で噂してくれた女優タレント連のことだって赤裸々に描くつもりだ。友よ、愛する読者諸兄よ、梶原一騎とのゴージャスなる『最後の晩餐』に堪能せよ!」とある。手塚治虫がライフワーク『火の鳥』(未完)を描き継いでその中に自作『鉄腕アトム』を取り込もうとしたように、本作もゆくゆくは『巨人の星』等の梶原作品群にリンクしてゆくはずだったが、未完の絶筆となった。
 近年続々と梶原関係の作品が出版され再評価の声が高まっているが、その決定打となったのは、論集『「梶原一騎」を読む』(編・高取英、ファラオ企画、94年)に継いで出版された、斎藤貴男(マンガ家のさいとう・たかをとは別人)の400ページに及ぶ書き下ろし単行本『夕やけを見ていた男 評伝 梶原一騎』(新潮社、95年)である。梶原は何故に男の生き方を激しく叩きつけたような作品を多く生んだのか。彼の原風景とは何なのか。斎藤は落ち着いた筆致で解明してゆく。梶原一騎の世界に接近するのに最良の活字の本であることは間違いないのだが、既に入手難。原風景を刻んだ作品『夕やけ番長』や遺作『男の星座』も絶版となっており、このままでは昨今の動きがただの「梶原ブーム」にすぎなくなってしまう。心ある出版社の奮起を期待したい。
WEB 


[か-010]
風のリグレット
かぜのりぐれっと
 メディアカルトスター・飯野賢治率いる株式会社ワープ製作のセガサターン用ゲーム。発売前から、視覚刺激(映像)というマルチメディアの先端を一切排除し、音声だけで遊ぶ斬新なゲームシステムが話題に。だが結果は成功とは言えず、セールスは5万本とも7万本とも言われている。コアユーザーがゲームに求めるものは「ゲーム的な濃さ」(アニメ的な濃さと言い換えても間違いはない)をストレートにお腹一杯になるまで満喫することであり、坂元裕二の美しいラブストーリーを脳内で噛みしめるように堪能することや柏原崇、菅野美穂、篠原涼子といった豪華役者陣による演技力のある声ではなかったのかもしれない。しかし、当然のようにゲームアカデミズム(?)周辺からは冒険的行為を評価する声も上がる。発売直後に主演の菅野美穂がヌード写真集を発売、心ない一部ライターからは「一枚でもその写真が入っていれば(売り上げが)違ったのに」と囁かれた。家庭用ゲーム機ソフトで取扱説明書に点字の配慮がなされた初めての作品。なお「リアルサウンド」はシリーズ化が予定されている。
WEB 風のリグレットホームページ
http://www.realsound.co.jp/
WEB ワープホームページ
http://www.warp-jp.com/


[か-011]
カタカナ・ブーム
かたかな・ぶーむ
 近年のイギリスにおけるジャパニーズ・カルチャー・ブームからの流れ。UKミュージック・シーンでは、ちょっとしたカタカナ・ブームである。わかりやすい例を挙げるならコールドカット率いるレーベル、その名もニンジャ・チューン。ヒップ・ホップの英国的解釈とでも言うべきブレイクビーツをベースとして、ジャズ、テクノ、ハウスなどを絶妙に混ぜ合わせたトリッキーなサウンドはまさにニンジャ的で、アートワークもユニークなものだ。「ホレサビ」なる言葉や、妙なところに濁点がついていたりと解読不能カタカナのオンパレード。デザイナーズ・リパブリックなどもオリジナルなカタカナを駆使しているし、ロンドンでは『ムカツク』なんて名前のパーティーが開かれ、Kumoというアーティストの『Kaminari』なるアルバムまで登場。意味なんてどうでもいいらしい。イギリスでのジャパニーズ・カルチャーの受け入れられ方は、アメリカとは微妙に違うようだ(アメリカについてはナサニエル・ワイスのテキストを読んで頂くとして)。たまごっちやプリクラなどもちろんブレイクしているが、サムライ、ニンジャといったトラディショナルなものも同時に受け入れられるのは、王室をシンボルとするお国柄が似ているせい?
WEB LOOMtDR
http://www.tokyo.xaxon-net.or.jp/~saitotm/warp/dr.htm


[か-012]
勝新太郎(1931年生まれ)
かつ・しんたろう
 20世紀の日本を代表する表現活動家。俳優、役者、演出家、脚本家、映画監督、映画プロデューサー、長唄杵勝流名取、歌手。1997年6月21日以降は人智計測不能の巨大霊魂として活動している。本名奥村利夫。妻は女優の中村玉緒、息子は俳優の雁龍太郎、兄は俳優の若山富三郎、父は長唄の杵屋勝東治。6歳で父の元で長唄を修練、20歳で杵屋勝丸を襲名。23歳のときアメリカ巡業後大映に入社し映画俳優となる。『花の白虎隊』でスクリーン・デビュー。以降主に時代劇役者として人気者となるが、60年に『不知火検校』に主演後、アウトロー、はぐれ者としての正義を探求する役者となり、日本映画史上前代未聞の存在として屹立した人気者となる。
 盲目の超人=座頭市、河地の任侠=朝吉親分、豪傑軍人=大宮貴三郎の3人を演じ分けてそれぞれ人気シリーズとなる。大映の大看板であった。67年に自己の勝プロモーションを設立、社長となる。豪快な運営で81年9月に12億円の負債を作って倒産する。71年には『顔役』で監督も手がける。その他勝プロ制作で勝新主演の作品のほとんどは、他に監督を立てていても実質的に勝新演出作品であった。72年の『新座頭市物語折れた杖』では、不条理とアシッド感覚を時代劇に激しく導入するという快挙を成し遂げている。79年には黒沢明の不人情と無能によって『影武者』では撮影中に主役を降板した。78年にはアヘン所持、90年にはハワイでコカインと大麻所持が発覚しもしたが、勝新太郎にとってそれは単に世間の一部との行き違いでしかなかった。
 生きることのすべてを芸とし、あらゆる場面に自己を投射し、テレビ映画においてさえ虚実混淆の実験を敢行し、母親の死体の陰部に「俺をここから生んでくれてありがとう」とキスをし、病院の食堂の配膳係のおばさんにまで毎日御祝儀をあげた。善と悪の相剋を無に変換し、欲望の海を鎮め、太陽を素手でわしづかみにした。勝新太郎は大陸化した詩であり、人類という種の大いなる希望の具現であり、豪放磊落で豪快な魔物である。
WEB 


[か-013]
カトキハジメ(1963年生)
かとき・はじめ
 『機動戦士ガンダム』シリーズ、『電脳戦機バーチャロン』等で知られるメカニックデザイナー。SFに対する造詣の深さや、ロボットの内部構造や技術的背景にまでこだわる理詰めのデザインワーク、ソニープロダクツを思わせる工業デザインタッチのディテールで独自のスタイルを確立している。ロボットアニメのメカニックデザインにおいては3〜4年に一度周期的に非アニメーターのデザイナー(本来――玩具メーカーによりロボットのデザインが決定されてしまうような状況になる以前――ロボットのデザインは「作画監督」クラスのアニメーターによる「キャラクターデザイン」の範疇に入るものだった、例えば『勇者ライディーン』のライディーンは安彦良和によるデザインである)が新風を巻き起こす流れがある。彼等の存在が、アニメーターによる(動いたときの軽快感、重量感、迫力のみを重視した、それゆえ立体感に欠ける)現実みの希薄なデザインに適度な歯止めをかけ、アニメ畑にはない新しいデザインラインを開拓していった。美術畑の大河原邦男、SF同人出身のスタジオぬえのメンバー、ロボットアニメファンからアルバイトを経てプロになった出渕裕、プロのモデラー(広告や映像媒体向けモデリングを生業とすると言う意味であり、マスプロダクトのプラモデルキットレビューが職業の人間のことではない)である小林誠、ミュージシャンという異色の肩書きをもつ永野護らである。しかし永野護・小林誠以降目立った動きはなく、玩具会社のデザインを(暴走しがちな)アニメーターがリファインしただけのデザインが主流になっていた。そんな中、カトキが導入したインダストリアルデザインの方法論(彼の名を世に知らしめることになった模型誌主導企画『ガンダムセンチネル』では、プロデューサー兼ディレクション担当のあさのまさひこにより、カラーリング/マーキング等に広告デザイン的なノウハウまでもが取り入れられた)は、ユーザーから見て(また、スポンサーであることが多い玩具メーカーにとっても)非常に新鮮なものとして写ることとなる。これにより『機動戦士Vガンダム』以降のガンダムシリーズでは、常にテロップに名前を記す存在となった。もともとアニメロボットが持つ独自のフェティシズムが希薄なため、完全オリジナルのデザインの場合、どのロボットもどこかで見たような印象は否めない感があるが、東京で行われたあるガレージキットのコンベンションにおいて、出展されたモビルスーツのうちカトキによってデザインまたはリファインされた(「カトキ版」と称される)ものが80%近い割合を占めた過去があることなどからも分かるようにモデラー層を中心に絶大な支持を得ている。
WEB 


[か-014]
カート・コバーン
kurt cobain
 90年代初頭にアメリカで起こったグランジ・ムーヴメントの代表的バンド、ニルヴァーナのヴォーカリスト&メイン・ソングライター。94年短銃自殺をとげた。原宿を歩けばカートTシャツにあたる、というほどにある種のファッション・アイコン化してしまった故カート・コバーン。日本でこの名が広く知れ渡ることになったのは、もちろん、彼の死以降のことだ。本国では、自殺を図ったシアトルの自宅が観光スポットと化し、未亡人コートニー・ラヴの生活はダイアナ元王妃ばりにパパラッチされているが、コートニーのわかりやすく破天荒なキャラクターも手伝った、“90年代のシド&ナンシー”的クローズアップは日本ほど過熱していないように見える。彼の突然の死はショッキングではあったけれど、グランジと呼ばれる音楽自体は斬新なものでもなかったし、メガ・セールスを記録したということ以外にニルヴァーナが飛び抜けた存在だったわけでもなかった。なのに、ミュージシャンとしてのカート・コバーンは、日本ではその死をもって等身大以上の評価をされているように思うのだ。もっと言うなら、そもそも彼は、偶像視されることに疲れ果てて自ら命を絶ったのではなかったか? 悲劇のスター呼ばわりはあの世の彼をただ悩ませるだけだ。
WEB 


[か-015]
神々の指紋
かみがみのしもん
 世界にはかつて、高度な超古代文明が存在したが、天変地異によって滅びたのだということを「証明」し、再び地球規模の大災害がやってくるぞと警告した本。イギリスでベストセラーになったのをはじめ、各国でヒット、日本でも96年の大ベストセラーの一つとなった。著者は、元『エコノミスト』誌の東アフリカ特派員だったというジャーナリスト、グラハム・ハンコック。ピリ・レイスの地図やナスカの地上絵、エジプトのピラミッドなど、超古代史モノの本やテレビ番組でお馴染みの道具立てで、さほど新鮮な内容ではない。しかし上下2冊本の厚さが、むしろ何かを期待させ、またテレビ化の影響もあってよく売れたらしい。新しみはなくとも、多くの人はこういうものをあまり読まないだろうし、テレビで見てもそう覚えてもいないので、周期的に話題になることができるようだ。大人の読者の多くは、少年時代に胸をときめかせたような物語を懐かしみながら読んだのだろうが、信じたところで、たいした害もないだろう。失われた過去に黄金時代を置くという、神話的な歴史の典型的構図は、今なお人に愛されるのである。
WEB Fingerprints of the Gods Official Home Page
http://www.gold.net/users/iy12/fingerp/
WEB FINGERPRINTS OF THE GODS
http://www.shoeisha.co.jp/KAMI.html
WEB 『神々の指紋』批判のページ
http://bosei.cc.u-tokai.ac.jp/~haruta/hancock/index.html


[か-016]
ガルシニア
garcinia
 肥満に起因する成人病死亡者数が年間30万人を超えるともいわれるアメリカで、近年爆発的にブームとなったダイエット食品。日本でも紹介、商品化され話題を集めている。南インド西側沿岸や南アジアの原生林に実る熱帯性果実、ガルシニアカンボジアの外皮から抽出された天然成分を一般的にこう呼ぶようになった。ガルシニアカンボジアはタマリンドの一種で、大きさはオレンジ大程度。インド、マレーシア、タイでは昔からその果実の外皮や中味のペーストをカレーのスパイス、魚の保存料、腸内のぎょう虫駆除や喉頭炎の薬などに用いていた。
 60年代から70年代にかけて、ガルシニアカンボジアの成分について研究が進められ、この乾燥果皮にはヒドロキシクエン酸という物質が大量に含まれていることがわかった。ヒドロキシクエン酸は、人が余分に摂取した栄養素(糖質)が体脂肪に変わるのをブロックする働きがある。栄養分を皮下脂肪に変えないことによって、肥満を防ぐ効果があるというわけだ。またこの物質を用いれば、ダイエット中の倦怠感、疲労感がなく、むしろ元気が増す作用があるらしい。食物への過度な欲求もなくなり、リバウンドの心配もない。もちろん副作用もなし。ガルシニア=ヒドロキシクエン酸がダイエットにもっとも有効な天然機能成分といわれる所以である。現在ではガルシニア入りのお菓子も登場し、様々な形態のガルシニア商品が発売される見通しである。
WEB ガルシニア
http://village.infoweb.or.jp/~fwba0324/hca/index.html
WEB ガルシニア カンボジア
http://kbic.ardour.co.jp/~g-mimaki/garusinia.html


[か-017]
ガロ
がろ
 青林堂の『月刊漫画ガロ』は、64年、長井勝一が白土三平の『カムイ伝』を連載する場所を作るために創刊(9月号)。誌名は白土の『大摩のガロ』から採られたもの。白土のほか、水木しげる、つげ義春、つげ忠男、佐々木マキ、林静一、楠勝平、安部慎一、鈴木翁二、古川益三、川崎ゆきお、丸尾末広、蛭子能収、やまだ紫、松本充代、根本敬、鳩山郁子、山野一、ねこぢる、古屋兎丸ら錚々たるマンガ家が、この雑誌を舞台に活躍してきた。近年の『ガロ』の、横文字でのキャッチフレーズは「MONTHLY CCENTRIC CO-MIX MAGAZINE」で、自らエキセントリックと謳っているところがポイント。マンガには「表現」と「商品」の側面があるが、可能な限り「表現」を重視したマンガに誌面を割いてきた商業誌である。ここに描く(描ける)作家はマンガ家全体から見れば少数派であるし、その愛読者もマンガ読者全体からすると少数派である。この「少数派」にとってのメジャー誌という不思議な存在で、言葉を換えるなら「表現としてのマンガの最後の砦」となろう。
 96年1月5日、長井勝一氏(既に編集長を退き、会長を務めていた)が肺炎のため逝去。「長井氏の『ガロ』」が名実ともに終わったと感じた読者も多かった。ここで雑誌への求心力が失われた面があったのだろう。97年に入り、新しく創刊されたCD-ROM付き雑誌『デジタルガロ』の失敗を機に経営方針をめぐる労使の対立が激化、7月に社長を除く全社員が退社(社員側は「解雇されたものと思っている」と発言)。「『ガロ』は、読者にはなんの予告もなく、休刊号としての体裁すらないまま8月号で休刊となった。
 その後、青林堂には別の出版社で月刊マンガ誌の編集長を務めていた人物が9月に移籍。彼を中心に新編集部が組織され、『ガロ』は98年1月号より復刊を果たす(出版の取り決め上『ガロ』という誌名が使えるタイムリミットである、12月1日に発売の予定)。9月下旬の段階で、新生『ガロ』が休刊前の連載作品をどのように引き継ぐかは確定しておらず、『ガロ』系大御所作家が登場したり、全く新しい顔ぶれが揃う可能性もある。
 一方、元社員側は、新たに「青林工藝社」を設立。創出版のコードを使って10月には第一弾の出版物を出すことになっている。青林工藝社では、雑誌の取次コードが取れ次第、『ガロ』の精神を受け継ぐ新雑誌を創刊の予定である。
WEB 


[か-018]
カンナさん大成功です!
かんなさんだいせいこうです
 『白鳥麗子でございます!』の鈴木由美子が97年4月から『kiss』で始めた新連載。太っていて(絵にもかけないほど)超ブスだったカンナさんが、何百万円もかけて全身美容整形! 手術は見事に成功したんだけれど、まだブスの時のくせが抜けきれず、ついつい気がついてみるといじましい振る舞いをしてしまい……いいえ、私は超美人! もっとタカビーに生きるのよっ! というおハナシ。
 この設定での鈴木由美子はまさに再び水を得た魚。思い込みが激しく、超タカビーなのに恋人の哲也に対してだけはいじましくて純情な「白鳥麗子」のキャラクターは120%カンナさんに活きており、好敵手ライバルだったかきつばたあやめとの関係は、今度は天然美人・隅田川菜々子との“天然”vs.“人工”の美人対決となってよみがえる――これは笑える! しかし、面白うてやがて悲しき美容整形。ブスと美人の扱いの落差、イメージの落差に、笑いながらも心の奥がちょっとチクリと。しかしこれは、同じく全身整形美女を主人公とした岡崎京子の事故直前の凄まじいまでの傑作『ヘルタースケルター』と対極をなす傑作。この2作の極端な違いが、問題の深刻さを浮き彫りにしていると言うべきか。加えて、もりたゆうこの『恋の奇跡』がこの2作の間に入るのだろうが、いずれも「人工身体の時代」を象徴する作品ではある。
WEB 


[か-019]
カンパニー松尾(1965年生)
かんぱにー・まつお
 ホームビデオを駆使した一人称映像を得意とするアダルトビデオ業界の代表的監督。V&Rに入社し、安達かおる監督のもとで助監督を務める。監督デビュー作は『危ない放課後2』(88年)。グルーヴなロックをBGMに使い、松尾監督の率直な感情をテロップで表現する詩的な映像は、アダルトビデオの枠を超えた映像美を作りだし、多くのファンに支持されている。松尾監督の持ち味は家庭用小型ビデオカメラを持った私小説的な作風にある。全国のテレクラを訪れ、そこで出逢った名もない素人娘たちとの交情と性交を撮りきった『これがテレクラ』シリーズ。ビデオ出演希望の娘たちの住む町に旅立ち、旅情溢れる性交を行う『私を女優にしてください』シリーズ。出逢った彼女たちの家庭や男性関係、希薄になった男と女の関係性を性交を通して描き切る。それを映しだすのは松尾の持つ小型ビデオカメラであり、映像は常に彼の一人称で撮られている。その意味において、日本文学史の中で死滅しかけている私小説という伝統が、実はAV監督カンパニー松尾の作品に受け継がれていたとも言える。映像美に秀でた作品は往々にして抜ける作品にならないが、「絶対に抜ける作品を作る」と言い切る松尾の言葉通り、松尾のハメ撮りはエロ度も高い。巨乳好きの彼が女の背後から乳房をまさぐるシーンは定番となり、ラストはいつも顔面に濃いめの精液を発射してAVファンを裏切らない。私生活ではカレーとテレクラとバイクを愛する好人物。現在は独立し、DOKANレーベルを設立して活動中。愛知県出身。
WEB 3 director's history
http://www2.saganet.ne.jp/otb/vandr/hist.html


[か-020]
輝夜姫
かぐやひめ
 清水玲子が『月の子』に続いて『ララ』誌上で連載している、クローン問題を中心のテーマに据えたSF大巨篇。生まれてまもなく竹林に生き埋めにされていた少女・晶あきらを主人公とし、のっけからその養母と晶のレズビアンシーンで読者の度肝を抜いた。中秋の名月の夜、さらわれた晶は、かつていた施設の仲間と再会する。そこで彼女が聞いたのは、神淵島にあった施設にいた子供たちは皆、輝夜姫への生贄として育てられていたという驚くべき言葉だった。おおもとを殺さなければ自分たちは皆、16歳以上は生きられないだろう――。島を逃げだした子供たちは再び、ばらばらになった糸が結びあわされるように神か淵ぶち島じまに集い、誰が敵なのかわからないその島で、子供たちのサバイバルが始まる。植生も鉱物も、そこに住んでいる動物たちも、世界中のどの地方とも違った島。不思議な儀式、謎の石室、そして「私たち天女は生涯女としか契らぬ」という輝夜姫伝説……。そのうちに、これらの少年少女たちは世界中の要人たちの息子や娘のクローンであり、その「本体」に何かあったときに自由に臓器移植できるように育てられた存在だということが判明する。逆にその本体を殺して近未来中国の女帝となった晶。そしてその皮膚を、心臓を、骨髄を、手足を、奪われて移植された少年たちの細胞は、DNAは完全に適合するはずの「宿主」=本体の細胞を攻撃し始める――。しかし、『輝夜姫』という最大の謎はまだ、隠されたままである。
WEB 清水玲子
http://www.kk.iij4u.or.jp/~koshima/COMIC3.HTM


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